物を持たない生き方

皆さんは物を沢山持っている方ですか?持っていない方ですか?こうやって聞かれると「自分はどっちだろう?」と悩むと思います。
私は以前は沢山物を持っていました。物を沢山持っている=ステータスみたいな偏見があり、「物の多さ=豊かさの象徴」と勘違いしていました。
そんな私が「持たない生き方」を始めようと思ったのは「断捨離」や「禅」の本を読んだ後からでした。

目次

所有とは、すなわち執着である

「所有とは、すなわち執着である」と考える。
物を一つ持つと、そこに執着が増えます。なぜなら、物を「持ちたい」と思うこと自体が執着なのに、物をもってしまうと、さらに「所有」することで生まれる執着もついてくるからです。
例えば、車の購入を例として挙げると、
1.車が欲しい
2.カッコいい車が欲しい。高い車が欲しい。あの人の車よりも良い車が欲しい。
3.(購入後)傷がつかないか心配、盗難が心配  などなどキリがありません。

物を持つことがいけない理由のもう一つ
持っている物に付随して次から次へと色々な執着が発生していくことです。
先ほど例にも挙げた「車」についてですが、
例えば高い車を買ったとしたら、その車に似合うようなカッコいい服が欲しい、靴が欲しい、髪型もちゃんと手入れしなければいけない等、それに連鎖して次々と執着が増えていくのです。
私たちが生きていくうえで本当に必要なものというのは、それほど多くはありません。
身の回りの物を必要最低限にしていく訓練をする=執着を捨てることにつながります。
私はおしゃれが好きなので洋服を沢山持っていましたが、この考えを知ってから断捨離に励み、新しい服を購入することが本当に少なくなりました。新たに購入する時は、本当に何日も考え「本当に必要なものか?」と自問自答します。服なんて生活必需品でもありますが場合によっては娯楽品にもなりますよね。でも自分を表現するツールとして重視しているので厳選して取捨選択を行い、気に入った一軍だらけのクローゼットに改造中です。ちなみに通勤着は現在1セット(上・下)で固定しています。朝選ぶ手間もなく、決まった服を着るだけなので本当に楽です。自分に必要な数をあらかじめ決めておくというのも有効な手法だということも本で知りました。例えば靴は5足、バッグは4個などという風に自分にとっての最適数を決めておく。そしてそれ以上に物が増えないように管理する。新しいバッグが欲しいと思ったら、今持っている中から一つを処分してから買う。決して買ってから捨てない。捨てる方が先なのです。
呼吸でも「吐く」方が先ですよね。まずは息を吐き出してから、その後に吸う。万物の基本なのかもしれません。
今後も数を減らしてもっとスッキリとしたクローゼットにしていきたいと考えています。

「物がある」のが当たり前だと思わない

「物がある」のが当たり前だと思わない
自分が「あって当たり前」だと思っている物を、一つ一つ見直してみる。
雨風をしのげる家、いつも一緒にいてくれる家族、社会とのパイプ役となってくれている職場、話を聞いてくれる友人、おいしい食事
これら全て当たり前ではないのです。いざ失ってしまうとその存在の大きさや大切さが身に染みて分かります。
休日に家族みんなで食卓を囲んでいる時はいつも涙が出そうになるくらい幸せだと感じます。
「お母さん、こうやってみんなでご飯食べてる時が一番幸せ!」って言うと子供たちは不思議そうな顔をしますが、夫も同じように思ってくれているようです。本当に毎回泣けるくらい幸せなんです。家族みんなで食卓を囲める時間も思っているほどないかもしれない、という気持ちがあるからなのだと思います。

物を一つ持つごとに、どんどん自由が縛られていく
物を持つことは裏を返すと心の貧しさを表しているようなものである。
それに気が付くことができれば、これ以上物を増やしたり、不要なものを買ったりしなくなるはずです。
物が増える=執着が増えるということです。

全てのものは基本的に「捨てること」を前提とする

「どうしても無くては困る」もの以外は捨てても大丈夫と考える。
私は物を買うときに処分のしやすさを考えてから買うようにしています。
最初に出口を考えてから買うみたいな感じです。そうすると大型商品は買うのを躊躇しますし、色々考えて結局諦めることがほとんどです。
逆に処分しやすい服や小物類は買ってしまいやすいと自覚しています。でもこれらについては現在は衝動買いは無くなり、本当に必要かどうかを検討してから買うようにしています。買い物に行っても余分なものは見ないようにしています。

「持たない」ことは、心の整理整頓につながっていく。物を持たないでいると物を持っていることで生まれる執着に自分が惑わされなくなるので、心を穏やかに保っていられる。

本来無一物ほんらいむいちもつ

自分が所有するものは本来、一つもないという禅の言葉です。
この体さえ、自分のものではなく、借りものなのです。死んでしまえば、体も持ち歩くことはできません。
借りもののこの大切な体をしっかり手入れし、丁寧に扱い、慈しみ、愛でる。
いつかお返しする日のために。

物を持たない生き方って本当に難しいです。特にこの現代社会においてはSNSなどの情報ツールが発達していて誘惑が多すぎます。
それに打ち勝つには強靭な精神が必要ですよね!なので出来るだけSNSは必要最小限にし、適度な距離感で今後もお付き合いしていきたいと思っています。物と向き合うことで自分自身を見つめなおす良い機会になりました。


昨日は娘の期末試験が終わったので、お疲れ様会をしました。先日もふぐ刺を頂いたのですが、前回はまふぐ。
今回はとらふぐ。とらふぐの方が美味しかったです!子供たちも美味しい美味しいと沢山食べ、あっという間に無くなってしまいました。


昨日まで給食が無かったので、お弁当を作りました。おかずがモリモリですが、ご飯はのり弁にしました。海苔の下には焼き鮭を敷いています。娘は食欲旺盛で沢山食べてくれるので嬉しいです。喜んで食べてくれることに感謝です。お母さんさせてくれてありがと~!

本日も最後までご覧頂きましてありがとうございました。

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